記憶のモンプチ
中西なちお/トラネコボンボン
2025.12.6 (sat) – 12.22 (mon)
online exhibition
一部12.19(fri) – 2026.1.12 (mon)
二部2026.1.1 (thu) – 1.12 (mon)

2021年に開催した「記憶のモンプチ」展。当時は世界規模のパンデミック下
にあり、夏の酷暑と冬の極寒、世界各地での豪雨と豪雪、地球規模の大変容
が毎日のニュースを賑わすようになっていた。地理的心理的国境はあるが、
陸も海も空も繋がり合い影響し合っていることを改めて知る出来事でもあっ
たように思う。
“記憶のモンプチ”と名付けて始まった一日一枚の動物画の投稿。モンプチ
とは仏語で、”私の愛しい人”と言った意味合いだろうか。最初の一枚が投稿
されたのは2011年3月27日日曜日、タイトルは「猿&ミー」。東日本大震災
の2週間後である。以降、その動物画は5000枚を優に超え、今も尚、タイト
ルと時には短い物語と共に描き続けられている。
動物たちは森を走り、花を摘み、クッキーを齧り、料理をし、隣の動物にぼ
やき、時には悪戯をし、旅だってする。”記憶”とは、中西なちおの日常の記
憶なのか、あなたのことを覚えているよ、というメッセージなのか、尋ねた
ことはないが、この動物画には愛しい記憶が散りばめられている。可笑しく
て少し退屈で、色々あるけれどやっぱり愛おしい世界。
今年ももうすぐ一年が終わる。人々の日常がこんな風に平和であって欲しい
と、今日の記憶のモンプチを見ながらささやかに願う。
今展では、2022年1月から2025年12月までの4年間の原画を中心に、2011
年3月からの15年間の原画を展示販売致します。
トラネコボンボンによる書籍・グッズも合わせて販売致します。
原画のオンライン販売を予定しております。詳細はsns等でご案内いたしま
す。
記憶のモンプチ初展覧会寄稿文
「3.11の地震が起きた時、わたしは東京に居ました。テレビのない生活で、
夜まで地震の被害の大きさを知りませんでした。夜になってインタ―ネット
で原子力発電所の屋根が吹き飛んだ映像を見てメルトダウンした、と判断し
た夫と避難しました。避難先から友人の安否を確認し避難を受け入れたり援
助することを始めました。毎日避難できない人々の不安や悲しみのことと放
射能汚染のことを考えてなにができるのか自問自答の日々、でも体も心もシ
ョックで固まっていました。そんな中、友人一人は「避難しないここに居て、
することがある。」とすぐに行動をしていました。友人は音楽家なのですが、
すぐにライブを配信しました。映像で見た友人は震災から2週間もたたない
間に痩せ細っていました。友人の演奏は、まるで先の見えない真っ暗な道を
照らす光でした。降り注ぐ慈愛の雨のように、固った体とゆれる心にしみ込
む音でした。「ここに居て演奏しているから安心して、みんなができること
をしていこう。」と言っているようでした。
私はこの震災のショックで生まれて初めて、人はすべて縁がつながっていて、
遠く離れたあったこともない誰かの悲しみも、私に関係ないことではない、
ということを知りました。誰かの苦しみは私の片割れであると思いました。
私には何ができるんだろうと思いながら骨身を削って活動を続ける友人に物
資を届けようか聞いたら「何もいらない、毎日一枚、動物の絵を描いて欲し
い」と言われました。
あの時みんなに本当に必要だったのはごはんや乾電池だけではありませんで
した。みんな不安で眠れず、情報に翻弄され、心身が疲弊していました。
毎日一枚の絵は本の中から挿絵を選ぶように書いています。悲しみに少しで
も優しい時間を贈りたいと思いながら不安な気持ちにすこしの勇気がでるよ
うに毎日の一枚に託しています。それは私の祈りのかたちです。
中西なちお
作家在廊日 12月6日 7日
閉廊日 12月18日
中西なちお|トラネコボンボン http://bon.toranekobonbon.com/
2007年より旅するレストラン・トラネコボンボン主宰
自身のイラストを添えた料理本を出版
2011年 震災を機にブログ「記憶のモンプチ」を始める
2013年 初の絵本「あるところの猫」を出版
以降動物画の絵本を多数出版
夏至にて
2008年 「夏至の夏至の日の食事会」開催
2010年 「旅と音楽」boncoin展食事会
2011年 「ぞうにのってうしをみる」sunui合同展
2014年 絵本「猫とサーカス」出版記念展
2017年 2021年「記憶のモンプチ」展
